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日本に体操着が導入された歴史

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はじめに

現在の体操着は、シャツにクオーターパンツ、ハーフパンツといった姿が定着していますが、それ以前の時代ではどうだったのでしょうか。体操着が導入された歴史や、変遷についての知識を持っておいても損ではないのではないでしょうか。

体操着が導入された歴史①

特に体操着の導入の変遷として顕著にその変化が見られるのは、女子児童の体操着だと思います。そこで、女子児童の体操着の変遷について、見ていきたいと思います。最初に女子児童に体操着が導入されたのは、明治38年、井ノ口阿くりさんによるブルマー型体操服でした。しかし当時の保守的な女性観と着物が主流だったという時代背景から、なかなか普及までには至りませんでした。

体操着が導入された歴史②

時が経ち、大正時代に入ると、女子児童の体操着が容認され始め、ブルマーは脚光を浴びました。井ノ口阿くりさんは、現在では日本女子体操教育の母と呼ばれている存在です。

体操着が導入された歴史③

その後、戦後から昭和40年代になると、女子児童の体操服は白シャツに丈の短い布帛ブルマー、俗に言うちょうちんブルマーと呼ばれるものになりました。

体操着が導入された歴史④

そして、昭和中期から平成初期には、ニット素材の普及で、身体にフィットするブルマーに変わりました。この身体にフィットするブルマーは当時東京五輪の影響で女子体操のレオタード姿を通して女性の健康美を見出す感覚に押し通されて浸透したものであり、近年では、セクハラの概念が浸透したことで消滅しつつあります。

体操着が導入された歴史⑤

最近では、体操着のデザインが男女平等の旗の元、ユニセックス化してきており、上で述べたシャツにクオーターパンツ、ハーフパンツといったものに姿を変えてきているようです。

まとめ

ブルマー誕生の影に、井ノ口阿くりさんという方の存在があることがわかりました。女子児童の体操着の変遷を見ていくと、時代が徐々に男女平等へと向かっていっていることがわかったかと思います。今ではすっかりユニセックスのものが浸透していますよね。

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